不登校

僕が【不登校】から【卒業】までたどり着けた道のりを全て話す!

シン
シン
どうも、不登校から高校を卒業したシンです。 

今回は、僕が不登校になった経緯と学校にいけるようになった経緯を全て包み隠さず
話したいと思います!

 

<このページでは、高校三年生時に五月から七月まで、全く学校に行かず、引きこもっていた僕の実体験から説明しています。>

 

僕がなぜ不登校になったのか

 

原因は、二年生の二学期頃から発症していたパニック障害と軽い鬱状態になっていたことが主な理由です。

当時の僕はまだ、パニック障害という言葉を知りませんでした。

しかし、二年生の時点で学校にいる時や外出時など急に調子が悪くなり、突然の吐き気や動悸、それに酷い時には、立っていられないほどの目眩を感じる時もありました。

なので二年生の時点で、学校の校舎内の授業や実習以外は、行事ごとも全て欠席していました。

例えば修学旅行とか遠足とか。

正直辛かったですw
勉強しても調子が悪くて、全然問題が解けない日もありました。

しかも誰にも相談できないしw

それでも行くしかないんだよな・・・

そう自分を奮い立たせて学校にだけは・・・という気持ちで行っていました。

しかし、長くは続きませんでした。
三年生の五月の末頃、体育祭の次の日が授業参観っていう日程だったんですけど、授業参観の日あまりに調子が悪くて、みんなに気づかれるぐらいの大きさで、えずいちゃったんですよね。

実際気づかれていました。
それがショックでショックで。

次の日から学校に行くのが、怖いという気持ちになっちゃったんです。
それから行かなきゃ行かなきゃとは思いながらもいけない。
そして、気付いたら、僕の不登校がはじまってましたw

不登校の間、何をしていたのか。

それでは、実際に僕が不登校になった時に何をしていたのか具体的に説明していきます。
是非、読んでみて下さい。

1:ひたすら落ち込む

 

まずはひたすら落ち込みました。
両親は、少しの間なら休んでもいいというかんじだったんですけど、自分が情けなかったんです。

不登校というと自分の中では最悪のイメージだったのでw

まさか自分が不登校になるとは・・・
という感じでした。

それに一日一日過ぎても、学校にいける気がしない。

以前もギリギリだったのに、状況が悪くなった今から学校にいけるのかと。

もう、絶対無理w

そう思っていました。

2:携帯をいじる

 

まだ、落ち込んではいたんですけど携帯で動画を見たり、音楽を聴いたりしていました。

動画や音楽を見たり、聴いたりしていると、これからのことに対する不安が和らいでいくような気がして。

ただやっぱりこれから自分はどうなるんだろう・・・
という不安は消えてはくれませんでした。

外出もできない。車に乗るのすら怖い。

こんな状態でどうやって生きていけと…w

シン
シン
両親と喧嘩もいっぱいしたよ〜

3:ただただ寝る

 

この頃からはずっと寝るようになっていましたねw

寝て起きてボーとしてまた寝る。

生活リズムもぐちゃぐちゃ。
ご飯も食べる量が、滅茶苦茶減ってしまって。

体重も52から46まで減りましたねw

シン
シン
強制ダイエットなんちゃってw

4:欠席日数に焦る

 

一ヶ月過ぎたくらいかな。
五月の末から休んでたので、六月半ばいくかいかないかだったと思います。

俺何日休んだっけ?っていうことを強く意識し出したんですよね。

シン
シン
意識するのおそっw

でも、本当に休みだしてからしばらくは、学校に行くのが怖いっていう感情しかなかったのに、学校に行かないとって少しずつ少しずつ意識するようになりました。

そして遂に学校に行きました…

少しずつ学校に行くようにする

遂に焦りから、学校に行こうと決意した僕。
しかし、ここから更にどん底に落ちてしまいます。

一体どうやって卒業したんでしょうかw

1:二ヶ月ぶりの登校

 

二ヶ月ぶりくらいに学校に行きました。

担任の先生にお母さんが、事情を説明してくれていたので、テストなんかは、誰もいない時間に受けたり、臨時の懇談会とかで学校には行っていました。

でも、クラスメートと会ったり、授業を受けるのは、二ヶ月ぶりだったので不安が大きかったです。

シン
シン
自業自得だからしょうがないw

2:やっぱり体調が悪い

 

ただやっぱり体調は良くなかったです。

この頃にはもう学校の紹介で、病院に行って自分はパニック障害だったんだという事を知っていたので、薬も飲んでは、いたんですけど・・・

おかしいなw

一時間もたない日すらありました。

3:行ったり、行かなかったり

 

一回行ってからは、行ったり行かなかったりを繰り返していましたね。

後、保健室で休んだり。

ただ、一応学校には行けていたので、これからも行って調子が悪くなったら帰る。
または休む。 それを繰り返していこうと思ってました。

4:担任の先生からの電話

 

確か、九月の半ばくらいだったと思います。

担任の先生から突然、電話がかかってきたんです。

何か嫌な予感がしていましたね。

内容は、予想よりも大分悪いものでした。
休んでもいい単位が残り一桁を切っている。
つまり、このまま行ったり行かなかったりでは、卒業することができないということです。

もう絶望しかなかったですね。うん・・・。

今のままでも精一杯なのに・・・。
卒業できなかった時の進路を真剣に考えました。

そしてそのことを両親に相談したんです。

5:両親と相談

 

まずはお母さんに相談しました。
学校を中退しようと思っていること。

中退して、高卒認定試験を受けて、大学なり専門学校にいこうと考えていること。

すると、案の定怒られました。
でも、他に選択肢がなかったんですよね。

もう卒業するのは、学校に行くのは無理だと伝えました。

母は泣いていましたね…

初めて知りました。
怒られるよりも心配されるよりもただ泣かれるのが、一番心に刺さるってこと。

そして、このときに決断しました。
パニック障害を治す努力をして最後まで卒業することを諦めないで頑張ろうと。

まだ外出するのも怖かったので説得力はゼロでしたけどw
そして、そのことを父にも言って
過疎ってる公園を散歩したり
本を読んで勉強したり
通院してる先生に聞きに言ったりとか
とにかく色々したんですけど
それを話すと長くなっちゃうので、ここでは割合させてください。

最後まで諦めず卒業すると決める

最後まで諦めない。
口にするのは簡単ですけど、実際に行動にするとなると凄く難しいですよね。
でも、諦めたら試合は終了していました。何の試合かは分かりませんw

1:徐々に徐々に

 

パニック障害がよくなっていったんですよね。

比例のグラフみたいな感じじゃなくて、良くなったり、悪くなったりを繰り返しながらですけどね。

それでも、外出したりする頻度は、学校に通えていた時よりも多くなっていたと思います。

十月に入ってからは学校には毎日行けていました。 よかったw

2:沢山のレポートと課題

 

レポートと課題、これはたくさんやりました。

なんせ二ヶ月分ですからね。二ヶ月w
長いこと休んでいて、これから少しでも学校に行って頑張ってみようかなって思ってる子は、これだけは避けては通れませんw

シン
シン
がんばれ〜

不登校でも卒業したい人達へ

 

最後になりますが、高校卒業だけが人生の全てではありません。

最短距離なのは確かですけどね。
でも、カウンセラーの先生と話して不登校にも沢山の種類と事情があることを知りました。

僕みたいな人もいれば、人間関係のもつれだったりイジメだったり家庭の事情で、
なんかもあるそうです。

なので、今回の記事は不登校だけど卒業したい。
そういう人達に少しでも勇気を与えれることが、できるのならという気持ちで書きました。

高校中退後の進路なんかの記事もまた書きます!

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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